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徒然なるままに書き記した戯言集です(^^;)。
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 理系の専門書に「萌えキャラ」を使って、難しい内容を易しく理解出来るようにすることが流行っているらしい。中でも、元素記号の1つ1つを「萌えキャラ」に擬人化した本もあるようだ↓。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1189039.html
 僕はこの本を読んだことが無いからよく判らないが、「萌えキャラ」ってことは「水素ちゃん」「ヘリウムちゃん」って呼ばれているのかな?。どうやら元素記号118の「ウンウンオクチウム」まで網羅しているようなので、「ウンウンオクチウムちゃん」がいるってことなのか!?(^^;)。
 僕は学生時代、元素記号の覚え方を「水平リーベ僕の船」と習った。これは、水素、ヘリウム、リチウムという順番を頭文字を繋げて覚えるという方法だ。だが今後は「水平リーベ・・・」の覚え方ではなく「萌えキャラ」にとって代わられるかもしれない(^^;)。

 理系のような難しい専門的な内容を理解させやすくするため「漫画」というフィルターを通すというのは、漫画の正しい使い方だ。僕だって小学生の頃は学研の「学習まんがシリーズ」でお世話になったからよく判る。
 元素記号の「萌えキャラ」化といっても馬鹿にできたもんじゃない。この先、元素記号118までをそらで言える人が多く増えるかもしれない。そんなことが出来るのは世界の中でも日本だけだろう。これは凄いことだ。ただ、元素記号を諳んじている時の頭の中は、118人の「萌えキャラ」で一杯かもしれないが(^^;)。
 僕だって「学習まんがシリーズ」のおかげで小学3年生の時に「アイソトープ」を覚えられた。「アイソトープ」とは放射能を持つ放射性同位体(放射能を持たない安定同位体も存在する)。「アイソトープ」を深く理解したわけじゃなく「アイソトープ」ってカッチョエーというノリだった(^^;)。それでも小学生の頭に理系知識を植え付けることができるのだから、漫画の力、恐るべしといったところか。漫画の力を持ってさえすれば「萌えキャラ」で元素記号を覚えることはそんなに難しいことではないと思われる。もっとも僕の場合は「萌えキャラ」に萌えていたのではなく、漫画の中の理系知識そのものに萌えていた訳だけど(^^;)。
 現在、学生の理系離れが進んでいるという。「学習まんがシリーズ」で育った僕にとっては信じられない話だ。
 理系の技術者こそが技術立国・日本を支える礎となる。理系離れがこのまま進むと、その礎が脆くなってしまう。それを防ぐために漫画が役に立つのなら、漫画も捨てたもんじゃない。たとえそれが「萌え」であろうとも(^^;)。
 漫画は理系の難しい専門知識を理解しやすいようにしてくれる。だが描き手の立場から言うと、こういう漫画を描く漫画家は大変だ。相当の労力を強いられる(^^;)。
 漫画家が理系漫画を描くには、理系の知識を理解しなければならない。場合によっては「相対性理論」や「量子力学」まで勉強しなければならない(^^;)。
 更に理系知識を理解したあとに、読者が判りやすいようにするために「漫画」というフィルターを通して変換しなければならない(^^;)。相当な理解力とアレンジ力が強いられる過酷な作業だ(^^;)。
 漫画のストーリーはシナリオライターが理系知識をストーリー仕立てにして書くという方法もあるが、それでもやはり漫画家は理系知識を理解しなければ漫画が描けないので、結局負担がかかる(^^;)。
 それだけ苦労して漫画家は漫画を描くのだから、知識量の多さという点では漫画家は頭が良くなるよ。また漫画を読んで頭が良くなる読者も増えるし。
 日本の漫画は世界一イィッッッッ!!!(^^;)。
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 「海猿」「ブラック・ジャックによろしく」の作者、漫画家の佐藤秀峰先生HPを立ち上げた。
 その名も「佐藤秀峰 on Web」。↓
http://satoshuho.com/index.html
 佐藤秀峰先生の漫画制作現場の様子が紹介されていて、なかなか興味深い。
 その中に、佐藤秀峰先生の「プロフィール」のページがあるが、これが漫画仕立てになっていて、佐藤秀峰先生本人の手によって描かれている。
 内容は、デビュー前から現在に至る経緯がこと細かに描かれている。しかも「ブラックジャックによろしく」が講談社から小学館へ移籍した経緯までがしっかりと描かれている。移籍の理由は「編集部との確執」だけど、こんなコト描いちゃってネットに載せていいの!?と思えるほどの際どい内容だった。僕も同じ漫画家のはしくれとして、リアルに理解出来るのと、リアルに怖いのとの間に挟まれて興味深く共感した(^^;)

 以前、「金色のガッシュ」の雷句誠先生が少年サンデー編集部を相手に裁判を起こしたが、佐藤秀峰先生も裁判こそ起こさないものの、編集部に対してはもの凄い憤りを感じているようだ。
 同業者の僕にとってはゾクゾクするほど面白く読めるけど、編集者はこれを見たらどう思うのだろうか?編集者の意見を聞いてみたいな(^^;)。

 ファンにとっては漫画家の内情がよく判る内容だし、同業者にとってもリアルに「漫画家であることとは?」を投げかけてくる興味深い内容になっている。

 見るべし!!(^^;)。
09-02-25.jpg 今年で「週刊少年マガジン」創刊50周年を迎えるという。それを記念しての特別企画として、昨年末に、小林まこと先生の連載が始まった。タイトルは「青春少年マガジン」、小林まこと先生が「1・2の三四郎」を連載していた頃(1978年~1983年頃)の思い出を綴ったものだ。言うなれば、「小林まこと版まんが道」だ。

 単行本は昨年末に発売されていたが、僕の地元の本屋では置いていなかったので、今頃になってネットで注文してやっと手に入れることができた。
 僕は「週刊少年マガジン」誌上で連載されているのを全部読んではいたが、こうやって単行本としてまとまったのを読んでみると、また違った味わいで楽しむことができた。

 漫画は、小林まこと先生がデビューしたところから始まり、同期デビューの小野新二先生(代表作・純のスマッシュ)大和田夏希先生(代表作・タフネス大地)と友達になって「週刊少年マガジン」誌上を盛り上げていく流れになっている。仕事に遊びに3人が充実した日々が描かれている。
 だがその日々もいつまでも続くことはなかった。その後に残酷な運命が待ち構えていた・・・。

 ネタバレになるからあまり詳しく話さないが、大和田夏希先生のその後については、確か十数年前に漫画家同士の花見の席で、同席していた編集者から聞いた覚えがある。僕は「タフネス大地」を読んでいたので、それを描かれていた大和田夏希先生のことを編集者から聞かされてもにわかには信じられなかった。
 また、小野新二先生についても、しばらく雑誌で見かけないなと思っていたけど、「青春少年マガジン」を読んで真実がわかった。この漫画の連載が始まったばかりのころ、僕は小野新二先生のことをネットで調べてみた。しかしほとんど情報が無かった。それが友人である小林まこと先生から語られることで、ようやく疑問が解けた。また、友人としての証言なので本当にリアルだった。

 僕も一応「漫画家」であるので、「青春少年マガジン」に描かれている「漫画家の生活」がものすごく共感できる。「青春少年マガジン」の中でも小林まこと先生が言ってたけど、「漫画家になってよかったことは、仲間ができたことだ」というセリフはまさに名言で真実だと思う。
 漫画家の仕事というのは、家に篭って黙々と一人で描き続けるという印象を持つ人も多いと思うけど、実は篭って描いていると行き詰ってしまうので、仲間がいた方が互いに助け合えるし触発もされるからモチベーションも上がるから、人と会っている方が作業効率が良くなったりする。
 漫画家のことを「ヲタク的で人づきあいが無くインに篭る人」とイメージする人は多いかもしれないけど、実は漫画家の中ではそういう人は少数派で、割と同業の友人関係が密の人が多い。
 仲間というのは漫画家にとって大事なものだと実感する。「青春少年マガジン」では仲間の大事さが丁寧に描かれているので、漫画を描くことを生業にしている人にとっては、この本はまさに聖書(バイブル)と言ってもいいかもしれない。
 秋葉原に「秋葉原製作所」なる店が出来た↓。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090221-00000025-maiall-ent
 どうやら漫画制作が出来るネットカフェのようなものらしい。トレース台やパソコンも完備、彩色用マーカーも無料で使えるらしい。秋葉原ならではの面白い試みだとは思うけど、果たして需要はあるか?。
 ちなみに値段は
「Aコース60分500円」
「Bコース3時間1200円」
「Cコース6時間1800円」
の3通りあるようだ。
 漫画制作は時間がかかる作業なので、1時間だけ利用というのはまず有り得ないだろう。3時間でもちょっと短いかも。例えば、パソコンを使って原稿を仕上げするとしよう。原稿の絵の密度にもよるが、僕の場合はトーン貼りだけで1ページ30分かかる。3時間コースだと、頑張れば6ページ、大体が5ページ出来るぐらいだろう。もし原稿のスキャンから始める場合はそこに時間を取られるので、仕上げられるページ数はもっと少ないだろう。だから6時間ぐらいは取らないとちゃんとした作業が出来ないのではと思う。
 6時間のコースだと1800円。1時間の単価は300円になるから割安だけど、1階の作業に1800円はちょっと使う人を選ぶかもしれない。
 一応プロ漫画家も使用できる仕様になっているらしいけど、僕の予想ではここを利用して仕事をするプロの漫画家はまずいないんじゃないかと思う。自分の仕事場こそが1番作業環境が整っているところだと思うし、わざわざ秋葉原まで出てきて仕事をすることもないだろうと。多分、仕事場のパソコンが壊れて困った時に使うぐらいなんじゃないのかな。

 ただ、同人誌を作るのにはいい環境かもしれない。道具は揃っているし、雑音を気にせずに漫画を描くことに集中できるだろうし。
 コミケ前あたりはメチャメチャ混雑したりしてね(^^;)。
09-02-06.jpg やっと出た!(^^;)。
 今日何の気なしにコンビニに入ったら、本棚に「ガラスの仮面」の最新巻、第43巻がっ!。最新巻が出るというニュースを聞いていなかったので、この本を見た時に思わず声を上げそうになった(^^;)。

 「ガラスの仮面」は月刊「花とゆめ」に連載されている漫画だが、作者の美内すずえ先生が単行本化の際に描き下ろしに近い量の原稿修正を行ったり、連載を中断したりするので、ここ十数年の間は単行本の発刊ペースがものすごく遅くなっている
 第43巻の奥付を見ると、2009年1月30日が初版発行になっている。では、その前の第42巻はどうか?なんと2004年12月25日の発行になっている。第42巻から第43巻までの間がなんと4年と1ヶ月だ(^^;)。次の巻が出るまで4年だなんて、オリンピックかよっ!?それ以上に第41巻から第42巻が出るまでの間がまたとんでもない。第41巻の初版発行がなんと1998年12月25日!今から10年前、てゆーか前世紀っ!?(^^;)。第42巻が発行されるまで6年もかかっている(^^;)。
 こんなペースで描いていて、本当に完結するのだろうか?。ストーリー自体は終局に向かっているけど。

 第43巻は、ネタバレしない程度に説明すると、

 紅天女の試演を間近に控えた北島マヤは、紅天女を演じることをなかなか捉えられないでいる。紅天女は梅の木の精、森羅万象を司る力を持つ。人智を超えた存在を演技でどう表現すればいいのか悩んでいる。また紅天女は自分の魂の片割れと思うほどの人間の男と激しい恋をする。恋愛経験の乏しい北島マヤにはそこまでの恋を表現することは難しい・・・。

 稽古では恋愛表現に悩む北島マヤだが、舞台の外で様々な恋愛バトルに巻き込まれている。北島マヤが紅天女を演じるには恋愛感情を自覚しなければならない。これは北島マヤの試練でもあるし、紅天女の試演のための下ごしらえというところか。紅天女の演技にリアリティを持たせるための準備が進められている。

 ああ!早く次の第44巻が読みたいっ!でも出るのが2013年あたりだったりして・・・(^^;)。
                                    09-01-22.jpg
 し(変換不能)逆契約者ファウスツ

 星野泰視・著、講談社刊。
 週刊少年マガジン連載中

 (ストーリー)

 数学界の最高峰「フィールズ賞」の候補に挙がっている天才少年、田宮六登は難病を抱えていた。
 長野県の山奥にある病院の要請により、田宮はそこで治療を受けることになった。
 病院は、神父が院長、修道女が看護士を勤めている奇妙な所だった。
 この病院には、田宮の他にも難病を抱えた各分野の天才が大勢入院していた。彼らは「聖書の会」に所属し、そこでは毎日、ある「本」の解読の研究が行われていた。
 解読が成功すれば「不死」の力が得られるということだった・・・。

 「哲也 雀聖と呼ばれた男」の星野泰視先生の新作が現在週刊少年マガジンで連載され、単行本第1巻が出た。
 「哲也 雀聖と呼ばれた男」もそうだったけど、星野泰視先生の作品は独特の「キナ臭さ」があって大好きだ。しかも今回の新作はタイトルにもあるように、ゲーテの「ファウスト」がモチーフになっている。
「魂と引き換えに望みが叶う」と悪魔と契約するアレだ。
 謎の言語で書かれている「本」はなかなか解読が進まない。だが明日をもしれぬ命の「聖書の会」のメンバーは、解読をしなければ自らの命を救う術は無い。このギリギリ感がスリリングだし、本の謎解きのギミックも素晴らしい。「本」の存在が人類史に大きな影響を与えているというスケールのデカさも魅力だ。少年誌なのにこんなダークなサスペンス物を掲載しているなんて、講談社ってなんて懐が深いんだ!(^^;)。
 ただ週刊少年マガジンは「ネギま!」や「はじめの一歩」など陽のイメージの漫画が目立つので、その中でダークなサスペンス物はちょっと浮いている感じもする。読者のウケはどうなんだろうか?最近掲載箇所が後ろの方になっているのも気になる。
 面白くて僕が好きな漫画なんだから、打ち切りにならないでくれっ!(熱望)。
 ニュースで、アメリカがゼロ金利政策を発表したと伝えていた。
 サブプライム問題やGMのビッグ3が傾きかけているということなので、アメリカは未曾ゆう・・・・否、未曾有の経済不況に陥っているとのことだ。
 僕はこの間、仕事で「経済モノ」の読切漫画を描いた。内容は「預金を外貨に替えて海外の銀行口座に入れれば安心だ」というものだった。ここでの外貨とは、世界の流通量の65%を占める「アメリカドル」を指していた。
 しかし漫画を描きすすめていくうちにアメリカ経済は悪化。格付けAAA(トリプルA)のリーマン・ブラザーズも破綻。世界の流通量の65%を占める「アメリカドル」とはいえ、アメリカの今の状況では預金をアメリカドルに替えるのも不安になる。漫画で描いている内容と世界の実情がだんだん合わなくなってきた(^^;)。漫画の内容を監修と相談をかさね、修正に修正を重ねてやっと完成した(^^;)。
 経済の世界というものは、これだけ流動的なものなのだと実感した(^^;)。

 アメリカはゼロ金利政策を発表したが、日本は数年間、ゼロ金利みたいなもんだ。預金通帳を見ると、たまに利息が記載されている。たった100円前後だ(^^;)。
 普通預金だし預金額もあまりないからではあるが、0.何%の金利じゃ利息が100円程度しか付かないのも当然か(^^;)。
 こんな時、ドラえもんの「ある話」を思いだした。手元に単行本が無いので、曖昧な記憶での記述なのでその点はご勘弁を(^^;)

 (スト-リー)
 のび太は、父親とある約束をしていた。ボーナスをもらったら自転車を買ってくれるというものだった。
 だがボーナスは予想よりも少なく、自転車を買う余裕は無くなってしまった。
 納得が出来ないのび太はドラえもんに相談。ドラえもんが出したアイデアは次の通りだった。
 ・のび太の小遣いを銀行に預金する。
 ・預金には利息が付く。当時(昭和50年代)の金利では10年で倍額になる(!)。100年だと
  最初の金額の1024倍に!(1000円入れたとしても102万4千円に!)。
 ・タイムマシンで100年後に行き、預金をおろしてくる。

 100年後まで銀行が潰れず、経済の不況で金利が下がることが無いということが前提というのもスゴイが(^^;)。でも金利というものが、これだけ子供にも判りやすく夢が持てるように描かれているので、藤子不二雄先生はさすがだ!。
 でもこれ、ちょっと犯罪っぽくない?22世紀の法律ではこういうのどうなのかな?(^^;)。初期ドラえもんにおいては「時間法(というのがあれば)」に抵触するようなことをドラえもんは結構やっている。気をつけないとスーパージェッターにとっ捕まるぞ!(^^;)。
 この「100年預金計画」のアイデアもスゴイと思ったがさらにオチがすごかった。

(ストーリー)
 タイムマシンで100年後にいったドラえもんが預金を全額おろしてきた。のび太はリュックいっぱいの札束に驚いた。
 だが、お札をよく見ると、未来のデザインになっていた。当然のび太の時代では使えない(^^;)。
 そこでのび太はドラえもんに提案。未来でも「古銭ショップ」はあるだろう。そこで現代の金を買って来いとのことだった(のび太のくせに生意気だが、すごい!)。
 だが100年後では古銭が値上がりしていて、のび太の預金では「自転車1台分」のお金を買うのが限度だった。チャンチャン!。

 藤子不二雄先生スゲーッ!金利について良く判るし、金が増える夢があるし、100年後のお金は現代で使えないという思わぬ展開もあるし、その金で古銭を買うというのも見事だし、買えた金額が「自転車1台分」という落としどころがキレイに決まっている。
 それにしても昭和50年代は、銀行にお金を預ければ10年で倍額になったんだな・・・。この当時は2008年になったら世界経済がこんなになってしまうなどとは夢にも思わなかったよ(^^;)。
 「腐女子」とは、ヲタク女子の中で「男同士(特に美少年)の恋愛モノ」が好きな人種のことを指すという。
 彼女たちはそのテの恋愛モノを題材にしたアニメ、漫画、映画、小説などを好む。ジャンルとしてBL(ボーイズラブ)というのがあるようだ。またそのテの恋愛には全く関係の無いキャラクターでも、頭の中で勝手にカップルに仕立てあげてその恋愛模様を妄想して楽しむのが趣味だという(^^;)。

 僕はそのテのものに興味は薄いし、また「腐女子」についてもネットなどからの情報で漠然と知っているだけで、詳しいわけではない。
 だがこの間、ネット情報ではあるがちょっとしたことでそのテの情報を知ってしまった(^^;)。

 「腐女子」にとっては常識かもしれないが、僕にとっては新しい知識だったので「驚き」として書かせてもらうけど、「腐女子」が考える男同士の恋愛には「ルール」が存在する
 男同士のうち片方は「攻め」、片方は「受け」と呼ばれるものに分けられる。「攻め」は読んで字の如く性格が攻撃的。恋愛においてイニシアチブを取りたがる傾向が強い。「受け」はまさに受身。中性的、または可愛い女の子的に描かれることが多く、恋愛においてもスタンスが「受身」。
 こう書くと、男同士の恋愛は「強弱関係」や「主従関係」のように感じるかもしれないけど、実はそうではないらしい。「攻め」は攻撃的でも脆い部分もあるらしく、「受け」も弱そうに思えて実は「攻め」を包み込む包容力があったりなどするので、どちらが優位に立っているとは言い難い。
 つまり「攻め」「受け」とは「強弱関係」や「主従関係」などではなく、「キャラクターの役割分担」だ。恋愛においての優位性は無く、イーブンであると言えよう(今気付いた。何書いているんだオレ・・・^^;)。

 男同士の恋愛感情を持たないキャラクターを、頭の中で勝手にカップルに仕立て上げること「カップリング」というらしい。「腐女子」はこのカップリングから、この二人の間に起こりうるであろうドラマを妄想することに「萌える」という(^^;)。
 ここで男と女の恋愛観の違いというものを垣間見た。男の場合は恋愛が決着するクライマックスにカタルシスを感じる。だが女の場合はクライマックスは「用意されたハッピーな結末」でしかなく、そこに至るまでの駆け引きにカタルシスを感じて「萌える」らしい。
 「男と女の間には、深くて暗い河がある」と野坂昭如センセイは歌ったが、確かに男と女の間には互いに理解することが難しい「境界線」があるように感じる(^^;)。

 「腐女子」が仕立て上げるカップリングは「誰々(名前)X誰々(名前)」で表記される。だがこの中にも厳密なールが存在する。
 カップリングの表記は「攻めX受け」という順番で書かなければならないらしい。この順番を知らずにキャラクターの名前を入れてしまうと、そこでキャラクター設定が違うものになってしまうため、「腐女子」の間では「有り得ない!」と大論争に発展するらしい(^^;)。
 ちょっとした間違いがとんでもないことに。「婦女子」のルールって面倒くさい(^^;)。ちなみにカップリングすることを「掛け算」と呼ぶらしい。「攻め」と「受け」の名前の間に「X」が入ることから由来するらしいが、そんなこと知らねーよっ!!(^^;)。

 「腐女子」の世界は奥深く、勉強にはなったが、知って得した気は全然しない。なんだかもうお腹一杯です(T_T)。
 

08-10-15.jpg 「ぼくらの」(鬼頭莫宏・著、小学館)の9巻が出た。
 「ぼくらの」のストーリーについてはウィキペディアにて参照を↓。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%BC%E3%81%8F%E3%82%89%E3%81%AE

 とある夏、臨海学校に来ていた15人の少年少女は全長500メートルの巨大ロボット「ジアース」に乗り込み、襲い掛かる敵の巨大ロボット15体を順々に倒していかなければならない契約を結んでしまった。
 ロボット同士の格闘戦、負ければ地球は消滅。48時間以内に決着がつかなければ、これも地球は消滅。しかも「ジアース」の動力源はパイロットの「命」、戦闘に勝っても負けても1回の戦闘につき1人の命を消費する。
 つまり戦闘に勝っても負けてもパイロット1人は確実に死ぬことになる。

 物語は佳境に入ってきた。15人の少年少女のうちすでに12人が戦闘を終えて死亡した。
 今回のパイロットは「宇白可奈」。宇白順の妹で臨海学校には宇白順の付き添いで来ていた。年齢は10歳。この10歳の少女が「ジアース」を操縦し敵と戦わなければならなくなった。
 1戦闘につき1人、戦闘に勝利したあとに次の戦闘のパイロットが少年少女の中から選出される。次のパイロットに決まってしまえば、数日後行われる戦闘までの時間と、戦闘に決着が付くまでがそのパイロットの生きる残り時間となる。
 「必ず死ぬ」という極限状況におかれたパイロットは自分の死と向かい合い「命」というものの意味を考える。自分の「死」に向かい合わざるをえなくなった少年少女は子供とは思えぬほどの大人びた思考をする。大人びたというよりは、「命」についての青臭いとも思えるような考えに、自分なりの理路整然とした結論が出たということかもしれない。ただパイロットの皆がこのような境地に達したわけではない。自分が確実に死ぬということを最後まで受け入れることが出来なくて錯乱状態になり命を落とした者もいた。これもまた人間としての真実の姿かもしれないが。

 「ぼくらの」の書評の中で、「ぼくらの」の世界は戦争の状況、特に特攻隊と似ているというのがあった。自分は確実に死ぬ。だが自分が戦わなければ同胞が死の恐怖に晒される。だから自分は戦わなければならないというものだ。
 確かに「ぼくらの」と状況は似ている。「ぼくらの」はSF的設定でハデな戦闘シーンもある。だが戦争を描いてはいるものの戦争がメインというわけではない。戦争というのは「命を奪われる」という「極限状況」を表現するために用いられたもので、テーマは「極限状態に置かれた時、命はどう思うか」というものだ。
 「ぼくらの」は巻を重ねるごとにそのテーマが深く掘りこまれていく。宇白可奈の戦闘が終わればパイロットは残り2名。残り2回の戦闘でこの物語も終わる。そこまでどう話が進んでいくか楽しみだ。

 「ぼくらの」はアニメ版もある。漫画原作がまだ連載途中なのでアニメ版は途中からオリジナルストーリーになっている。このオリジナルストーリーが監督の暴走で見事な駄作なってしまった。原作に沿った内容の話数までは「名作」だったのに。以後の「駄作」のせいで「ぼくらの」アニメ版はビミョーな作品になってしまった。
 ただ主題歌はまぎれもない名作。これだけ原作の世界観が見事に表現されている主題歌もない。僕などは原作漫画を読んでいる時に頭の中にこの主題歌が流れることがある(^^;)。

08-09-27.jpg

 昨日、日記に書いた「月刊ガンダムエース」、これが僕の本棚に収まっている75冊+特別増刊号1冊。上段左が創刊号で、右へ、下へいくほど巻数が増えていく。
 この本棚は全5段。すでに3段が「月刊ガンダムエース」で埋まっている。このままでは全部の段が「月刊ガンダムエース」で埋め尽くされることになるだろう(^^;)。

 背表紙に表紙イラストのサムネイルがあるので、これで僕が本をバラしてファイリング出来ない理由がお判りだろう(^^;)。

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伊原 達矢
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しがない漫画家
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