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「映画」漫画、2話目のネームチェックが入った。
2話目の大部分が酒場での場面。キャラクター達はテーブル席に着いて淡々と会話をする。アクションが少ないのでどうしても絵も構図も単調になりがちだ。意識して画面にメリハリは付けたが、どうしても限界はある。
編集者の指摘はそのあたりだった。会話シーンは動きが無いためどうしても似たような構図になりやすい。そうなると、「人物相関図」が判りにくくなるというものだった。
登場人物がテーブル席に着いているため、人物の姿はテーブルの上の上半身しか出てこない。そのため構図がバストアップやアップの多用になりがちになる。ロングショットにしても見えるのは上半身のみなので、どうしても絵的に似てしまう(^^;)。
しかしこの会話シーン、キャラクターの思惑が相互に絡み合う複雑なシーンでもある。それが似た構図の絵が続くと、読者が「’誰’が’誰’の事をどう思っているのか」が頭の中で図式化しにくくなるようだ。編集者が初見で「人物関係が判りにくい」と言ったので、やっぱりコマ割りと構図に問題があるのは間違いない。
シーンが単調なだけに、構図を工夫してもどうしても限界はある。そこでセリフを直してみる事にした。映画でのセリフの意味は同じでも、より印象的な言葉を使い会話にアクセントを付けることにした。これには読者の目を止めるのと、キャラクターの思惑をより強く深く理解してもらうための作戦だ。
そして会話が長く続く時には要所要所に「間」を入れることにした。シーンを小分けにすることで1ブロックあたりの会話の内容を理解しやすくするためだ。
これで内容的に、よりメリハリが付くので判りやすくなると思うけど・・・。とにかく再チャレンジしてみます(^^;)。
これは家族の物ではない。元々は父の友人の物で、その人が沖縄に引っ越してしまうために荷物を減らすということで貰ってきたものだった。
モノが古いのか、全体的に内側に反った形に歪んでいる。そのために弦を押さえるのに指先により強い力を込めなければならない(^^;)。それでも音はちゃんと出るので、僕は実家に立ち寄った時にたまに掻き鳴らしている。
僕の弟は、今は隣町に住んでいるが、実家の裏にあるプレハブ小屋を学習塾にして、授業がある時に実家に戻り子供達に勉強を教えている。
弟は何年か前にギターに興味を持ち独学で勉強を始めたが、理解に手間がかかり早いうちに断念してしまった。そこに僕が家でギターを弾いているのを見て、再びやる気が出てきたらしい。マイギターを持ってきて僕に教えを乞うようになった。
僕は小学5年生の頃からギターを始めたので、ある程度心得はあった。ちょうど実家に、弟が昔買った初心者用のフォーク教則本もあったので、それを見ながら教えている。
本の最初に載っているのは簡単な練習曲だった。押さえるコードはたった3つ、演奏も右手で全部の弦をジャランと掻き鳴らすストロークのみだった。演奏の参考として弾いてみた。すると弟の目が輝いた(^^;)。
演奏した曲は大した技術を必要としない程度のものだった。しかしギター慣れしていない人から見れば、鳴らした音が「音楽」になっている事が「スゴイ事」のようだ(^^;)。
大抵の人、特に楽器を演奏しない人にとっては「音楽」とは「聴くもの」であり、接する時は必然的に「受身的」になる。それが楽器を演奏するようになると、音楽を発信するという「能動的」な立場になる。しかも自分が音楽を操っているので、「オレ、割とやるじゃん!」という気分になる。それが心地良かったりする。しかも「受身的」立場の人達からは羨望の眼差しで見られるので、心地良さに拍車がかかる(^^;)。それが「演奏」の醍醐味といえるだろう。
弟のフォーク教則本には練習曲として、サザン、尾崎、長渕の曲が載っていた。弟は、自分でこれを演奏出来たらカッコイイだろうなと思っているかもしれない。しかも、自分の生徒達の前で弾き語りなどをして、あの「羨望の眼差し」を自分に向けて欲しいと思っているかも(^^;)。
でも、楽器を始める動機は大抵こういうモンが多かったりするけど(^^;)。
普通、漫画原稿を描く前は、「ネーム」という設計図を書く。大雑把なコマ割りとセリフを入れたラフで、これを編集者に見せて打ち合わせをして内容をチェックする。このチェックが通れば原稿用紙に描く事が出来る。
「ネーム」には絵を細かく入れる必要は無い。キャラクターのセリフと状況が最低限で編集者に伝わればいいだけなので、コマを割ってセリフさえちゃんと入っていればキャラクターの顔は丸を描いて名前を書き込んだだけでもいいし、背景なども描かずに例えば「夕方、学校」など状況が判る記述をすればいい。
しかし、このネームの描き方も漫画家によって様々だ。丸を描いただけの顔にフキダシを付けるだけの人もいるし、下描きになるぐらいみっちり絵を入れる人もいる。要は編集者に漫画の内容が伝わればいいわけで、どちらの方法が良い悪いは無い。ただ絵をみっちり入れると、内容は伝わりやすいがボツになった時にその労力が一瞬にして無駄になることがある(^^;)。
僕は絵を多く入れるタイプだ。これは「説明をする(書く)よりも絵を描いた方が判りやすい」からだ。あまりにもラフに描くと編集者に「このシーンはどういう意味?」と聞かれる事がある。こんな時は説明するのに手間がかかる。「百聞は一見に如かず」の諺どおり、百の説明をするよりも1コマの絵を描いた方が伝えるのが早く済む。それにある程度絵を入れると、僕も描いていてその世界に没頭しやすくなってきてイメージが湧きやすい。
僕がネームを描く時は、頭に浮かんだ光景をそのまま殴り描きで入れる。当然デッサンなんかは取らない。思うままに勢いで描き進む。
上の絵は先週発売された「自衛隊WARS201X」のネーム。大体、この密度になる。リズムがノッてくると、最後の方には下描きと同じぐらい絵が入る事もある(^^;)。ネームだからこんなに絵を入れる必要はないが、なかなか直せない。これは性分だ(^^;)。
完成原稿は下の絵。ネームとそんなに変わっていない(^^;)。ちなみにネームはB5コピー用紙に1枚1ページとして描いている。本番原稿は投稿用A4サイズ。したがってネームの絵に直接ペン入れして原稿にしているわけではない(^^;)。
今進めている仕事は、クラシック映画の漫画版書下ろし単行本。全128ページで、4話構成で1話32ページずつネームチェックを出している。
「映画」は「映像付き原作」みたいなものなのでネームを描くのは楽かなと思っていた。しかしこれが曲者だった。映像があるために漫画の絵のイメージが浮かびやすくなり、ネームを描いていてどうしても絵がビッシリになってしまう(^^;)。この「映画」漫画のネームは、1番上のネーム以上に絵がビッシリと入ってしまった(^^;)。
現段階で1話目のネームチェックが通り下描きに入っている。しかし思うように作業スピードが上がらない。どうやらネームにビッシリと絵を描いてしまったため、無意識に本番の原稿描きが「二度手間」と感じているらしい(^^;)。
今までは10ページ前後や30ページ前後の短編を描いていたため、ネームに多く絵を入れてしまっても作業に二度手間感は無かった。しかし今回は全128ページ。ネームに絵をビッシリいれてしまうと、原稿を描き上げるまでに256ページ分の労力を使う事になってしまう。さすがにこれは効率が悪い(^^;)。
そこで2話目のネームは、本番の原稿用紙にネームを描いて出した(^^;)。チェックがあればその部分だけ直し、ネームが通れば少々線をクリーンナップするだけで「下描き済み原稿」として使う事が出来る。これで二度手間感はなくなるはずだ(^^)。
2話目のネームは既にファックスで送って、あとは返事待ちの状態だ。これでOKが出れば、少々のクリーンナップ後に、すぐペンが入れられる原稿の出来上がりだ!。
今度からネームはこのやり方で描こう!(^^;)。
店内に入りコピーが置いてある所に行くと、20代のおネーちゃんがコピー台の上に両肘を付いて本を立ち読みしていた(^^;)。店内には他にも客がいる。そんな中でも一向に気にする事なく、コピー機に覆い被さるように体を乗せ、立ち読みを続けている。
何だろう、この女!?。公衆道徳が出来ていない事にも腹が立つが、店内は他にも客がいるのに、その中にコピー機を使いたい客がいるかもしれないのを想像も出来ないのだろうか?。
僕はすかさず「今、コピー機使ってますか?」と声をかけた。するとそのおネーちゃんは「ああ、すいません」と言って横に移動した。コピー機をあけてくれたものの、「ああ、すいません」の言葉には全く誠意が感じられなかった。普通なら、自分が人の邪魔をしていた事を恥じて申し訳なく思い慌てるものだが、そのおネーちゃんは「あ、使うんだ、とりあえずどくわ」みたいな軽い感じで自分の行為を恥じる様子が全くなかった。その証拠に、僕がコピーをとっているすぐ横50センチぐらいの所に立って立ち読みを続けている。
何だか無性に腹が立ち、コピーをとってすぐに店を出た。帰り道を歩きながらふと思った。
「まさかあの女、僕がコピーをとり終えた後にまたコピー機に覆い被さって立ち読みしているんじゃないだろな・・・?」
気になって確認しようかなと思ったが、あの女のツラをもう一度見るのも胸糞悪い感じがしたのでそのまま帰宅した。
僕は普段、女性に対する悪口など書かないけど、敢えて書かせてもらう。ホント、凄え「どブス」だった!(^^;)。
HP↓
http://www.terra-e.com/
なかなかいい感じ。新作アニメ版としての解釈は付くものの、原作の持つ雰囲気をうまく醸し出している。成人検査前のジョミー・マーキス・シンが学校でサッカーをやるシーンは漫画原作には無かったが、これは漫画原作版ラストへの「伏線」ということなのだろうか(漫画原作版では地球へ向かうジョミーのことを’ゴールを狙うサッカー選手’として例えていて、ラストシーンではイメージとしてサッカーが使われている)?。
ただ、1つ気になったのは、「ジョミーの両親」に対する描写だった。
「地球へ・・・」の世界では、荒廃化した地球の再生を待つために人類は遠い殖民星で暮らしている。そして地球を再び破滅させないために、マザーコンピュータによる人類の徹底管理が行われている。
人間はコンピュータが選別した人工交配による「試験管ベビー」として生まれ、0~14歳まで「両親」の元で育てられる。両親とはいっても当然血の繋がりはない。政府から派遣された「養育者」だ。子供が14歳になり「成人検査(コンピュータによる大人になるための再教育。子供時代の記憶を消去される)」を受けるまで養育義務がある。両親にとって子育てとは「愛情」よりも「職務」の色合いが強かった。
漫画原作版では、成人検査を受ける前のジョミーが「大人になるのは嫌だ。パパやママと別れるのは寂しい」と両親にこぼすシーンがある。この世界においてこの発言は管理社会への「体制批判」になり粛清の対象となる。両親は子供との別れよりも、子供が「危険思想」を持ったのではないかと心配をする。また、成人検査の日にジョミーが家から出て行った時に、両親は、これでお役御免だなとホッとする。しかも、男の子は手がかかるから、次は女の子がいいと話している始末(^^;)。ものすごくビジネスライクな人間として描かれている。
これは管理社会に順応した「大人」として表現されており、読者に向かっては「管理社会への皮肉」を訴えている。
しかし新作アニメ版では、両親が「養育者」の枠を越えてジョミーに対して実の子として愛情を注いでいる。自宅でユニヴァーサルによるジョミーへの深層心理検査が行われた時も、職員のジョミーへの扱いに対し、息子の身を案じて職員に詰め寄ったりしているし、ジョミーと共に、成人検査で二度と会えなくなってしまう事を悲しんでもいた。
この両親の行為は厳密に言えば「体制批判」になるはずだ。それとも新作アニメ版では、「愛情は管理より強し」を表現しようとしているのだろうか?。それとも体制に対し問題行動をよく起こすジョミーに影響され、「人間的」感情が芽生えたと捉えるべきなんだろうか?。
もしかしたらこれは「伏線」で、後の回でそれに繋がるシーンが出てくるのだろうか?そこがどうも引っかかってしょうがない(^^;)。ただ新作アニメ版は、ジョミーと両親との別れのシーンが情感的に仕上がっている。観ていて気持ちが入りやすいのはこっちだ。しかし「体制批判」の事を考えると・・・う~ん・・・・(^^;)。
作画、脚本共に良く出来ていて面白い。後は僕が感じた「?」の部分が解決されると嬉しいけど(^^;)。新作アニメ版は漫画原作版同様の長編大河ストーリーになるのだろうか?だとしたら1クール(13回)や2クール(26回)じゃ収まりきれないような気がするね(^^;)。
http://www.city.katsushika.lg.jp/museum/index.html
見に行ってみようかな!。
漫画でメシを食っている身としては、なんとも言い難いけど・・・(^^;)。
写真や絵などから参考にしてアレンジして描くというのはあるけれど、まんまパクリってのはちょっとね・・・(^^;)。中には偶然?というのもあり、ちょっとビックリ(^^;)。
後半は漫画からズレていくけど、「似たもの」として妙に面白い。強引なのもあるけど(^^;)。
あたりは昼間とは思えないほど暗い。しかも寒い!。急激な寒気が流れ込んだための悪天候なのだろうか?。
夕方5時頃、窓の外を見ると雨の降り方が何だか妙だ。雨粒は細かくなっていたが、降っているというよりも舞っているという感じだ。霙だ!どうりで寒い訳だ(^^;)。
家から少し離れたところに桜が咲いている。桜に霙が降りかかる光景はなんとも奇妙だ。
それにしても雷雨の間パソコンが使えないのが痛かった。仕事のリズムがノッってきたところで中断、パソコンが必要な仕事だったので、使えなくなってからはずっと生殺し状態だった。せっかくいいペースだったのに・・・(^^;)。
以前は嵐や雷を見るのが好きだったが、パソコンを買ったらそんな事言っていられなくなった(^^;)。
「自衛隊WARS201X」
原作・おちあい熊一
発行所・(株)学習研究社
編集協力・(株)漫画社
書店にて税込1000円で発売中です。中の1編を担当しています。
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昨日に引き続き「ark八潮店」で探したところ、やっぱりありませんでした(^^;)。4月16日の閉店までには入ってこないのかな・・・(T_T)。
今日は別の本屋へ。八幡小の側、産業道路を挟んだ向かいにある「TSUTAYA」に行ってきました。
店内の新刊漫画コーナーを見ると・・・あったあった!2冊置いてあった!(^^)。すかさず1冊ゲット!。これで自分の漫画が載っている単行本を、地元の本屋の棚に並べるという夢が叶いました!(^^)。
「TSUTAYA」にはあと1冊残っているので、よろしければご購入の際はこちらに・・・(^^;)。
↓その名も「自衛隊WARS201X」(株・学研、税込1000円)!。
http://shop.gakken.co.jp/shop/order/k_ok/bookdisp.asp?code=1913431
僕は最近まで、コンビニ売りのハウツー本や、漫画による実用書の類を描いていたため、なかなか地元の本屋に自分の本(というか参加した本)が置かれる事がなかった。編集部から本は送られてくるので手に入らないということは無いが、自分が関わった本が店に並べられていないというのは何とも寂しかった(^^;)。
しかし今度の単行本の出版社はあの「学研」!これなら本屋に置かれないことはないはずだ!。僕は期待を胸に秘め、TX八潮駅ガード下の「ark八潮店」に行った。
「ark八潮店」は約1年半前のTX八潮駅開設と共に開業、広い店舗に豊富な品揃え、同じフロアにコーヒーショップ「タリーズ」があり、コーヒーの香りに包まれながら本選びを楽しむことが出来る。割と僕好みの本屋だ。今年の正月に東京から地元に出戻ってからは、僕の行き付けの本屋になっていた。
この店で本を買うたびに「いつかここの店の本棚に自作の単行本が置かれるようになってやる!」とか「地元出身の漫画家として、単行本が置かれる側に手描きのポップなんぞ描いたりして」などと思っていた。
今回は、丸々1冊自作単行本という訳では無いが、共同執筆とはいえ自作掲載の単行本が出るのだから、これで夢の1つが叶うと思った。
店に入り、新刊コーナーを見る。今日発売の単行本が多く置かれていた。その中に学研の軍事漫画の単行本を発見した!。
手に取ってみると、学研の軍事漫画ではあるがタイトルが違っていた。それは僕の単行本と同時発売の別シリーズの軍事漫画だった(^^;)。しかしその本の帯には、僕の単行本の発売告知が描かれていた。今日発売であることが間違いないでないことを確信した。
新刊コーナー内をくまなく探した。しかし僕の単行本は全然見つからなかった。他の本棚を探し回った。
そのうち、学研の軍事漫画が並べてある一角を見つけた。やった!と一瞬思ったが、僕の単行本だけが無かった(T_T)。
TX八潮駅前、「フレスポ八潮」内に別の本屋がある。そちらにも探しに行った。しかしここは「学研」発行の漫画そのものが置かれていなかった。あったのはガンダムのゲーム本1冊のみだった。
他の市内の本屋に行ってみようと思ったが、僕の知っている市内の本屋は現在全部潰れてしまった(^^;)。ネット検索でもしない限り、市内の本屋の場所が判らない。時間も遅かったこともあり、今日はここまでで家に帰った。
「ark八潮店」は4月15日まで営業、そして閉店になってしまうらしい(^^;)。これで僕の「夢」が1つ失われてしまうのであった・・・(T_T)。
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